大福帳
 

大福帳
画像 伊良部島・下地島
横構図で撮った安直な写真をセレクトしました。民間機の訓練飛行場がある下地島では、離発着の練習風景が見られます。ジャンボ機を海上で旋回させてタッチアンドゴーを繰り返すのですが、ゴオーとこちらに向かって頭上を通り越し海に出た飛行機は、腹に水面が反射して、エメラルドグリーン色に発光しているようでした。
左から2番目の浜は、岸からざぶざぶ入ったところがすぐにシュノーケルポイントです。餌付け禁止なためか、魚が小作りで穏やかでした。餌付け可のビーチの熱帯魚は、風雲児だった頃の落合福嗣君似の容貌とあばれっぷりで遊泳者に迫ってきます(特にムラサメモンガラ)。
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2006年 05月 11日 (木) 23:20
ドラえもんのヒゲ に猫の画像を載せて思い出したこと。

小動物についてはもちろんかわいいと思うが、あとは彼らも私も生きてると感じるぐらいで、好きか嫌いかというより執着があまりない。
ある日友人宅に泊まり掛けで遊びに行った時、そこに猫がいた。ずいぶん前から飼っていることは知っていたが(以前、立ち寄った際に見た記憶もある)、育っても顔の小さい目鼻立ちの整った雌猫で、足元にぴたり身体を寄せてくるが、じきにすっと引くという謙虚な感じだ。さすがだなーと感心して褒め、撫でてみたりもし、後はほとんどほったらかしにして遊び騒ぎ、完璧に朝になってから寝た。

と、猫が顔に乗ってくる。
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2006年 05月 10日 (水) 00:00
アスピシア-ファラオの娘:マリーヤ・アレクサンドロワ
ウィルソン卿:ニコライ・ツィスカリーゼ
ジョン・ブル:デニス・メドヴェージェフ
ラムゼ:アナスタシア・ヤツェンコ

ペアシートで観に行く。昨日より前方の席だったので、プロローグとエピローグのアスピシアの表情がよく見えた。ラストはとても寂しげで、なにかをウィルソン卿に感謝しているようだ。
あの若さで何らかの理由で死なねばならず、コープス・ブライドのように、自分を娘から違うものにしてくれる人を待っていたのだとしたら。ますますウィルソン卿にとってはうっとりの状況だ。やはり異国情緒を盛り込んだだけでは、当時の客は満足しなくなっていたのかもしれない。昨日のメモはこちら

昨日の懸賞小説のような楽しさとはまた違い、陽気で権勢を誇ったコミュニティの感じ、またウィルソン卿の夢というより、SFの世界に引き込まれたウィルソン卿の視点を共有したような印象の残る舞台だった。アレクサンドロワの個性によるところが大きそうだ。ツィスカリーゼは一人で柔軟に恍惚と踊る時と、サポートで少しもたつく時の差が激しい。表情まで「あ、遅れました」と変わってしまうのが惜しまれた。

いずれにしてもバレエ団のピラミッドがしっかりしていないと、昨日や今日のように、自由に作品を読むことはできなかったと思う。オシポワ、ヤツェンコらソリストも大変よかった。バヤデールの時も感じたが、今回観ることのできたボリショイの公演はすべて、主役の持ち味が全体として観た時によく伝わってくる舞台だった。
2006年 05月 09日 (火) 00:00
東京文化会館
phara_mainimg.jpg
アスピシア-ファラオの娘:スヴェトラーナ・ザハロワ
ウィルソン卿-タオールという名のエジプト人に変身してしまうイギリス人:セルゲイ・フィーリン
ジョン・ブル-ウィルソン卿の使用人で、パッシフォンテという名の
エジプト人に変身してしまう:デニス・メドヴェージェフ
ラムゼ-アスピシアのヌビア人の奴隷:ナターリヤ・オシポワ

懸賞小説を読んでいるような楽しさがある。プロットは…エジプトで阿片を吸って墓で寝たら、タイムスリップしてかっこいい青年になった俺。ものすごく美しい娘が出てきて、危ないところを助けたら猛然と惚れてくれた。宮殿に招かれる。豪華絢爛な宴。いつのまにか主役の俺。あとエキゾチックな踊り。そして娘は自分と駆け落ちしてくれる。押しかけてきた婚約者を拒絶して、貞操を守ろうと漁村で入水。うまいことこの世に戻ってきて、俺も間一髪で助かりめでたし(死んだ奴隷は気の毒だった)。俺、また踊りまくる…。
このゆるーい妄想の加減と曲の単調さ、変身の時にビリビリいっていたマジックテープなどのトホホ感が見事にマッチした。
ゆるい一方で、ディテールの異様な細かさもまた、「ここに全精力を注ぎ込んだんだなあ」と丸分かりになるマニアな小説のようだ。アスピシアの頻繁な着替え、ほとんど踊りっぱなしの主役、ジムナスティックで難しく、決まった時は爽快な振付、宮殿のシンメトリーな群舞、水宮の幻想的で繊細な美しさなど。
神輿のように担がれた2人が抱き合うもっともいいところで、そんな都合のいい話はやっぱり夢でしたとなり、ミイラのそばでウィルソン卿が正気に返る。他の古典作品に出てくる主人公より、ずいぶんまともで現実的な設定だ。
初演時は、見果てぬ豊かな国へのバーチャルツアーという側面もあったはずだ。当時の流行りものを全部つめ込んでヒットした作品でもある。なみの異国情緒だけでは満足しなくなった客は、この場をよりリアルな夢として感じたのだろうか。
2006年 05月 08日 (月) 00:00
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傾城反魂香(けいせいはんごんこう)
  将監閑居の場
  浮世又平    三津五郎
  又平女房おとく 時 蔵
  狩野雅楽之助  松 緑
  土佐将監    彦三郎
「のび太のくせに」の100倍ぐらい濃い世界が展開される。「どもりのくせに」「手も十本…(泣く)」などなど。伝統芸能の治外法権を、昔の漫画や映画にも適応するべきだ。歌舞伎の言葉はいろんな意味で、現代の日本から見ると外国語に近い。話も冷静に考えるとめちゃくちゃ。でも台詞廻しを聴くと、型や音の運びや抑揚から立ち上る、頭の理解や心理読解を飛び越えた、人間の生々しい感覚の怒濤のウェーブにもらい泣きする。
時蔵は又平(どもりの絵描き)や宗五郎(たちのわるい酒飲み)など、何か抱えている人と一緒に長いこと連れ添ってきた、という役が似合う。暗くなりすぎない、独特のゆったりした空気が流れる。だから、名字をもらいたいという願いが叶わないと知り、師匠の家の庭で夫婦ともに死のうとする(すごいね)時に悲しいのだろう。辞世の句がわりに、又平が手水鉢に描いた自画像が、石を通り抜けて反対側(客席に向いた方)に滲み出てくるという奇跡が起きてハッピーエンドに。
保名(やすな)
  保名  菊之助
藤娘(ふじむすめ)
  藤の精 海老蔵 ←めずらしく女形
二人とも、それぞれの曲の中で歌われるような「愛しい女人」「つれないいい男」の役を演じている時に観る機会が多かった。今回はそういう人を想ったり語ったりする立場の役を踊るということで、いずれも初役であるという以上に新鮮に感じられた。(菊之助はふだん、立役・女形両方やる)。
藤娘、当て振りの部分を「ほら飲めよ」「ん、でも」と完全に一人二役というか、勘一お宮式の話法で踊っているような、変わった面白いアプローチだ。顔の力が並外れて強いためか、たまーにスイッチがうまくいかなくて、目のすわった藤の精のヤケ酒に見えたのが惜しまれる。
気狂いの保名のまわりに咲く菜の花を観て、黄色ってずばぬけてへんな色だと実感。季節×色彩の使い方が、うまくて無駄がなくて科学的ですらある。ヨーロッパの映画も天候の変化を巧みに使う。
黒手組曲輪達引(くろてぐみくるわのたてひき)
  番頭権九郎、花川戸助六 菊五郎
  紀伊国屋文左衛門    梅 玉
  鳥居新左衛門      左團次
  牛若伝次        海老蔵
  新造白玉        菊之助
  三浦屋女房お仲     田之助
  三浦屋揚巻       雀右衛門
海老蔵・菊之助、似合いの役に戻る。助六のパロディがたくさん出てくるが、助六自体何かのパロディのような、アンダーグラウンドな印象のある話だと思っていたので、あまりピンと来なかった。川に突き落とされたとーちゃんの方(菊五郎)が、矢鴨(!)のきぐるみ姿で生還する。使用曲は「ツァラトゥストラはかく語りき」。息子演じる、惚れた白玉を追って花道を引っ込む時は「恋のダウンロード」(こちらは編曲して下座が演奏)。
このくすぐりの場面でも、市井の中年男性を演じる菊五郎はとても説得力がある。でも白塗りになると、日焼けで顔がグレーになってしまう。学生時代に歌舞伎座で総稽古を見学した時、菊五郎が手だけ塗らずに稽古をしていた。もしやこれが「手抜き」の語源なのかもしれないと、ワクワクしたのを覚えている。
2006年 05月 07日 (日) 00:00
神奈川県民ホール
baya_mainimg.jpg

ニキヤ -バヤデール:ナデジダ・グラチョーワ
ドゥグマンタ -ラジャ:アレクセイ・ロパレヴィチ
ガムザッティ -ラジャの娘:マリーヤ・アラシュ
ソロル -名高い戦士:ウラジーミル・ネポロージニー
来日公演の概要・物語・見どころはこちら

恋人ニキヤが死んだ直後、この版のソロルは「ハレ~」という感じで下手に引っ込む。「名高く、支配者の命令に背かない模範的兵士」から、「罪の意識にさいなまれる男」へのシフトチェンジは、この「ハレ~」で完了。なぜこうも無駄がない。

破綻のないクラシック・バレエってこういうものかと思った。おそらく最後の来日公演になるのだろうが、グラチョーワには昭和とか、暗めの赤絨毯のテイストがあった。バレエの身体を観に来ているのはわかっているのに、改めて「うわ背中柔らかーい」と目をみはる。影の王国では、結晶のようなグラチョーワの持ち味が、ピラミッドの上からダーッと群舞に伝わっていく統制のとれた舞台だった。

太鼓の踊りも、「異国情緒を得意とするダイナミックなボリショイの男性群舞」というよく聞くイメージを、なあんにも裏切らない。客の勝手な先入観に、ばっちり応えるのは大変なことだ。

バレエの場合、笑わせるつもりはないのに、ちょっとしたことが笑いに転じやすい。動きや表情からおかしな比喩を思いついたり、脳内でアテレコしたり。それでも基本的にダンサーや振付家への尊敬の念というのは揺るがず、真面目に作品について考えた上でのお楽しみをやっているわけなのだが、そういう見方で盛り上がれる人と、ケシカランという人は分かれる。
また技術上の失敗ではなく、化粧がとても変とか、芸術監督のセンスが野暮すぎるとか、バレエ団内の政治により起用されたことが露骨にわかってしまう時など、驚いて笑いがこみあげてくることがままある。ただこれは、コミックならざるコミック・バレエというか、少しさみしい笑いだ。

でも今回は、今書いた2つの笑い、どちらにも意識が逸れることがなかった。恐るべしボリショイ・バレエ。
2006年 05月 05日 (金) 01:21
3日 新橋演舞場


座頭の吉右衛門は、具象→抽象の飛び方が鮮やかで勢いがあり、今の歌舞伎役者で一番好きだ。
2006年 05月 02日 (火) 23:39
1日 シネコン
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東京ブロードウェイという、劇団四季が主張する区域があるらしい。いっこのカンパニーでそう言われても、よけいにもの悲しさがつのる。でも他に参入できそうな劇団というと…四季・宝塚・四季・宝塚…端抑えてる方が偉いとか、オセロみたいになりそうだ。

映画を観ている間、同行者ともども笑っていない時がほとんどなかった。他のお客さんの反応もすごくよい。終映後二人して、祭帰りの小学生のようになる。
撮り方はベタではなくヘタなのだと思う。映画として撮ることを、ほとんど放棄していた。が、舞台より親切なところもあり、作品の本質はまったく変わらず、オリジナルキャストが大勢出ているという良さが。レビューは渾身の力で紙風船の方に書く。

マシュー・ブロデリックは「トーチソング・トリロジー」の頃から、年相応の変化はあるものの、さほど印象が変わらないように思えた。あの頃一まとまりで若いスターがいたはずだが(総称してなんとか。パケット・パックとか、絶対違うけどこんなような名前で呼ばれていた)、後の人々はどこへ。名前は名門なのに、尺がテレビの人とかいたような。
2006年 05月 01日 (月) 00:14
パリ・オペラ座来日公演『白鳥の湖』の補足記事
ピナ・バウシュ/オルフェオとエウリディーチェ
(2005.06パリ・オペラ座 ガルニエ)
703.jpg

「マリ=アニエス・ジロを観ると、『あさりちゃん』に出てきた大きなバレリーナを思い出す」という知人がいる。ジロは背丈だけならルテステュとそんなに変わらないという話も聞く。やはり上半身を逆三角にかたちづくるあの筋肉が、ジロ独特の大きさを感じさせるのだろうか。
今回の『白鳥の湖』では、急な降板で踊りを観ることができなかったので、さみしく思い出の中のジロをたどってみよう。

私が舞台で観た、すべてのジロは…『アパルトマン』、『ジュエルズ』ルビー、『ラ・バヤデール』ガムザッティ、『オルフェオとエウリディーチェ』エウリディーチェ、それから『白鳥の湖』プロローグでの後ろ姿。
その中でのベスト・ジロは『ジュエルズ』のルビーを踊った時だ。幕が上がるとジロが中央にいて、横一列なのにV字に並んで見える迫力に少し感動した。そして周りにいる男性のダンサーが飛んでいきそうなダイナミックなジロの回転と、「はっしー、はっしー」と擬音をつけたくなる身体の切れのよさ。厳か一点張りの踊りではなく、この曲のジャズっぽい部分の面白さ、アメリカバレエ文化のエッセンスもよく出ていたと思う。

※バランシン振付『ジュエルズ』は3部からなり、宝石のイメージの3種の音楽を選んで振付けている(エメラルド:フォーレ作曲「ペアレスとメリザンド」/「シャイロック」 ルビー:ストラヴィンスキー作曲「ピアノとオーケストラのための奇想曲」 ダイヤモンド:チャイコフスキー作曲「交響曲第3番 ニ長調」)。4つの音楽を、3本の目に見える太い柱にしたみたいな作品。言葉の制約から解放された世界の広がりが、振付につまっている。

そのほかのジロの思い出…去年ガルニエで観た『オルフェオとエウリディーチェ』は、グルックのオペラを使った作品だ。タイトルにOpéra danséと書かれているとおり、次の3役はオペラ歌手とダンサーが2人1組で登場する。

L'amour
ORPHEE
chanté par Charlotte Hellekant
dansé par Yann Bridard

La mort
EURYDICH
chanté par Jael Azzaretti
dansé par Marie-Agnés Gillot

La jeunesse
AMOUR
chanté par Aleksandra Zamojska
dansé par Miteki Kudo
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