大福帳
 

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2006年 05月 07日 (日) 00:00
神奈川県民ホール
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ニキヤ -バヤデール:ナデジダ・グラチョーワ
ドゥグマンタ -ラジャ:アレクセイ・ロパレヴィチ
ガムザッティ -ラジャの娘:マリーヤ・アラシュ
ソロル -名高い戦士:ウラジーミル・ネポロージニー
来日公演の概要・物語・見どころはこちら

恋人ニキヤが死んだ直後、この版のソロルは「ハレ~」という感じで下手に引っ込む。「名高く、支配者の命令に背かない模範的兵士」から、「罪の意識にさいなまれる男」へのシフトチェンジは、この「ハレ~」で完了。なぜこうも無駄がない。

破綻のないクラシック・バレエってこういうものかと思った。おそらく最後の来日公演になるのだろうが、グラチョーワには昭和とか、暗めの赤絨毯のテイストがあった。バレエの身体を観に来ているのはわかっているのに、改めて「うわ背中柔らかーい」と目をみはる。影の王国では、結晶のようなグラチョーワの持ち味が、ピラミッドの上からダーッと群舞に伝わっていく統制のとれた舞台だった。

太鼓の踊りも、「異国情緒を得意とするダイナミックなボリショイの男性群舞」というよく聞くイメージを、なあんにも裏切らない。客の勝手な先入観に、ばっちり応えるのは大変なことだ。

バレエの場合、笑わせるつもりはないのに、ちょっとしたことが笑いに転じやすい。動きや表情からおかしな比喩を思いついたり、脳内でアテレコしたり。それでも基本的にダンサーや振付家への尊敬の念というのは揺るがず、真面目に作品について考えた上でのお楽しみをやっているわけなのだが、そういう見方で盛り上がれる人と、ケシカランという人は分かれる。
また技術上の失敗ではなく、化粧がとても変とか、芸術監督のセンスが野暮すぎるとか、バレエ団内の政治により起用されたことが露骨にわかってしまう時など、驚いて笑いがこみあげてくることがままある。ただこれは、コミックならざるコミック・バレエというか、少しさみしい笑いだ。

でも今回は、今書いた2つの笑い、どちらにも意識が逸れることがなかった。恐るべしボリショイ・バレエ。
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