大福帳
 

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2006年 08月 15日 (火) 01:51
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短編 1316 話、大長編 17 話。
藤子不二雄(F氏)が生涯に書き上げたドラえもんのエピソードの数です(藤子不二雄ファンサークル ネオ・ユートピア発行「ドラえもん完全作品リスト」による。「ドラえもん学コロキウム 正典」より孫引き)。
これだけたくさんの話があると、人が生きていく上でぶちあたる日常の細々とした「問題ならざる問題」から、人間が有史以来数々犯した愚行まで、どこかで必ず触れられているため「ドラえもんってこういうテーマは書いてないよね」という言論は、漫画のドラえもんを知れば知るほど成立しないことに気づきます。

トップ画像「平和アンテナ(25)」より
人気アクション番組のヒーロー・必ず悪を滅ぼすムテキマンと、律儀に毎週宇宙怪獣を送り出すヒール・アクマーン。死闘前の両者の煽りに興奮したのび太は、うっかり平和アンテナのスイッチを押してしまう。アンテナから出た平和電波は瞬時にブラウン管を超えドラマを狂わせ、戦いは火ぶたを切られる前に…。勧善懲悪の虚構を絶滅にいたらしめる恐ろしい道具「平和アンテナ」。ナレーションのしらけ具合が絶妙です。この後のオチも、F氏ならではの落語センスが光ります。

プロレスに馴染みのある人なら承知のことですが、勧善懲悪や二項対立の筋書きなんてのはとりあえずの撒き餌のようなもので、こうしたストーリーを伴う身体パフォーマンス本来の驚愕と感動は、そんなただの餌にではなく、まったく別の次元にあります。だからもしも「平和アンテナ」みたいな展開が実際にあったら、それはそれで怒りの抗議が殺到するでしょう。

エピソード前半、「みにくいあらそいをなくして、平和な世の中にするのが、悪いってのか!?」と否定を許さぬのび太は、その実ド派手な燃えるけんかがないか探して、つまらなさそうにほっつき歩きます。やっと見つけたと思ったら、「わがままな乱暴者」ジャイアンに先を越されて仲裁されてしまう。

歴戦でさんざん自分の手を汚してきたジャイアンの力量の前に、手出しできなかったのび太は「あ~あ、がらでもないことしてくれちゃって」。その後抜け目なく一枚噛んで旨い汁を吸おうとするスネ夫も含め、争いごとにおける人間の立ち回りパターンがリアルに表現されています。

一般的な話ですが、ある人が自分にとって大変都合のいい理屈を見つけた、考え出したとします。その理屈を正しいと思い込んで何かやろうとする時、都合の悪い邪魔者を排除することも、その「正しい」理屈を支持する人々にとっては正義になり得ます。

とにかく争いや暴力はダメ、という絶対平和主義でムテキマンを打ち切りにする「平和アンテナ」って、こういう善意の空恐ろしさを描いているんじゃないかと思います。名前がすでにそうとう胡散くさい「平和アンテナ」ですが、平和電波っていうネーミングからして、もうどんぴしゃ。

争いの周辺にはこんな人も必ずいます。「新聞社ごっこセット(未7)
新聞社ごっこセット
喜びすぎてタテノリながら走る器用なのび太。ペンは剣よりもやらし


私は正直なところドラえもんは、何よりも形が好きです。原作漫画の丸っこいあの形が最高です。顔や手や足やしっぽを眺めていると、穏やかで幸せな感覚に満たされます。横を向いた時の腹や尻の曲線もたまりません。それから極短なのに正座する柔らかそうな足、走る描写になると足渦巻きとか足6本とか、滞空しているみたいになる絵…。つまりコミックスを繰り返し開いてやった主な作業は「読み」ではなく「凝視」です。

ロボットがほめれば  ベロ相うらない
      「ロボットがほめれば(8)」      「ベロ相うらない大当たり!(12)」 
画像はこちらにもあります→ドラえもんのヒゲ~75年ぐらいまでのドラえもん~
もしESP能力があったら、45巻内の記憶に残っているコマは大体念写できるんじゃないかと思いますが、要するに私の長年の経験は大人の役に立ちません。丸を見るついでに覚えたあらすじだとか道具名を、問われるまま答えて尊敬を集めた良い思い出や、自分が得意の絶頂にいるのを感じた瞬間は、対子どもばかりです。

落語・冒険小説・工作遊び・模型・自然科学・映画・SF好きのツボを押さえたSFの面白さ、などに対するF氏の深~い造詣を踏まえて、感動しながら読むという知的な楽しみを知ったのは、ごく最近のことでした(落語の「壺算」を応用した名作「世の中うそだらけ(9)」など)。
そしてオチよりも途中のコマの絶妙な間、脇に書き込まれた爆笑をそそる人やモノ、凝縮された台詞のセンス、見立ての芸、「F氏のオタク魂」の炸裂など、おぼろげな感覚としてしか捉えていなかった面白さを言葉で認識できたのは、「変ドラ」を熟読したおかげです。

今日は一つのテーマを軸にドラえもんを眺め、それに繋げるかたちで「変ドラ」の一部を紹介しようと思います。


「ドラえもんに出てくる戦争」と言われて、何も考えずに思い出せるのは「かわいそうなぞう」を下敷きにした「ぞうとおじさん(5)」です。
ドラえもんとのび太がタイムマシンを使って戦時下の動物園に行き、ぞうをインドに送り返す話。殺されたはずのぞうのハナ夫と、インド旅行中に山奥で死にかけたのび郎(のび太の叔父)が再会する、夢幻的な場面が美しい作品です。

人が作り出してしまったどうしようもなく破壊的で過酷な状況(戦争)があって、科学もその破壊に大きく加担している。でもそういう状況で困っている人に応急かつ具体的に手をさしのべることも、科学を使うとできるかもしれない、いつか。こんな考え方を、やたらに明るいドラえもんとのび太が体現しているようです。

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邪気のない笑顔。
のび太の眉毛には、まだほんのちょっと遠慮があるようにも見えますが、
ドラえもんはカジュアルな物言いで決定打を放ちます。
ぞうの死をダシに国威発揚するつもり満々の憲兵に「負けるの。」
1巻収録の「ご先祖さま がんばれ」には、こんな台詞もありました。
「どっちも、自分が正しいとおもってるよ。戦争なんてそんなもんだよ。」

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3コマに書き込まれた、飼育係の表情の変化は何度見ても胸打たれます

飼われていたぞうを、いきなり野生に戻して大丈夫かという問題は残ります。現代に戻った2人もハナ夫の身を案じますが、のび郎の夢体験を聞いてハナ夫の無事と健在を知り、大喜びするというラストが用意されています。

70年代は科学の力で幸せになれると信じられた時代らしいですが、ここで希望を託されているのは、もはや科学それ自体ではなさそうです。
善悪どちらも激しく大きなものとなんてことなく共存している2人、特にふだん道具を使って金もうけに血道をあげるのび太が、この時は考えて善がまさると思う方に、すんなり賭けている。そのひょいっとした加減と、のび太が自分の行為を正しいと思い込んでいないところに希望があるんじゃないかと思います。

hanao.jpg
のび助の台詞も実に屈託ない


次は学童疎開をしたのび助の体験が話の入り口になる「白ゆりのような女の子(3)」。軟弱少年のび助の、絶望的な疎開の日々がこれでもかと描かれます。

そんな中で唯一の甘美な思い出に登場する、長い髪・白い肌・大きな丸い目の女の子。もう死んでしまいたいと思ったのび助にチョコレートを渡し、無言で「生きろ」と励ました美少女の正体は、毛はえぐすりの効きすぎた息子だったというお話です。

少女漫画的に描きこまれた憂い顔の美少女と、のび太の玉ねぎのような女装姿のギャップが笑えます。ドラえもんとのび太が、言い伝えられている不思議な出来事をこの目で観ようと過去に来て、彼らがドタバタを展開したあげくなりゆきでやったことが後の伝説になったという、タイムマシンを使ったエピソード形式の一つといえましょう。

結局、のび太とドラえもんは真相を封印することにします。人の記憶を扱った二次元もの(小説など紙媒体の虚構)って、その時の主人公の都合で、美しい思い出もあっさり苦々しい記憶に変わったりするという、儚い本質を描いたものの方が評価されるようです。

それもそのはず、映画好きよりはるかにお人の悪い本好きな人々が、最後まで美しいままの他人の記憶なんか、面白く思うはずがありません。でもこの話は、素朴な温かさを変質させずに残しています。SF作品だけでなくこういうエピソードも書けるところが、F氏のすごさだと思います。

shirayuri.jpgところで、国家存亡の危機にぞうなんか生かしておいていいのかと園長を脅す「ぞう~」の憲兵や、「白ゆり~」に登場する、戦時教育の型にはまった教師の絵を見ると、なぜかいつも小劇場アニキ・宇梶剛士を思い出します。宇梶の画像と比較すれば、それほど似てないのですが…。宇梶をかわいがった渡辺えり子のキャラクターに起因する、私の先入観のようです。


そしていよいよ真打ち登場。「ラジコン大海戦(14)」です。「変ドラ」の「第八回「ラジコン大海戦」~and Sunekichi the great cousin~」では、この作品の魅力を図解つきであますところなく紹介しています。「素晴らしい話です。二転三転する物語、ボートから大和、ゼロ戦から果ては原子力潜水艦まで登場しての新旧入り混じる夢のような海戦モノの傑作。そして何よりもスネ吉の猛然たる悪役ブリ」に始まり、最後にスネ吉・スネ夫が実感する虚しさとは。解説をぜひご覧ください。


cover.jpgまたひみつ道具でいえば、生物化学兵器を連想させる菌増殖・ウイルス伝染式道具、各種放射線はもちろん、帝国陸軍内の階級制度と絶対服従を、そのまま未来の子どものワッペン遊びにしたというキレたセンスの「階級ワッペン(15)」、「変ドラ」の「恐ドラ」でも紹介されている「どくさいスイッチ(15)」など、簡潔なネーミングのものがあります。どちらものび太が乱用し、アンデルセンの童話なみにこらしめられます。
右:11巻巻末特集より。すごいなあこれ。漫画ドラえもんの世界をもっとも端的に知ることのできる絵と能書きではないでしょうか。
         
ビョードーばくだん(26)
ビョードーばくだん(26)

人間うつしはおそろしい(45)
人間うつし

階級ワッペン(15)
階級ワッペン2


階級ワッペン3
ほんとにろくな道具じゃないですね。
階級ワッペンではこの変則3コマのリズム感が、とても効果的です。

冷戦真っ只中の1982年発表
ペンシル・ミサイルと自動しかえしレーダー(未15,+5)」。
クリックすると大きくなります。
レーダー

大量にあまった現実のミサイルの行方は、「ガタカ」の監督が撮った
ニコラス・ケイジ主演の映画「ロード・オブ・ウォー」に詳しいです。
人間サンドバッグのようなケイジの演技が光る、
フィクション一本勝負のすばらしい作品なのでお勧めします。

諜報部員向けの道具も揃っています(「大ピンチ!スネ夫の答案(28)」より)。
スネ夫が久々に取った100点の答案。みせびらかして自慢するいつもの方法を変え、悲惨な点だから隠そう、場所を暗号でメモしておこうなどと聞こえよがしに言い、2バカ(剛田15点、野比10点)の覗き心を煽ります。

「千年の年より 杉山家の窓の下 ヒント②おき」こんなスネ夫の親切も虚しく、答案はなかなか発見されません。いかんせん総力を結集してこの状態
大ピンチ!スネ夫の答案1

そこでドラえもんに出してもらったのが「暗号解読機」です。
大ピンチ!スネ夫の答案2
形がいささか古めかしいのでは…
ボタンのでっぱり具合とか、左側の巨大なダイヤルとか…。
私選・2007年食べ物まずそうグランプリ映画「善き人のためのソナタ」
(冷戦下、東ベルリン秘密組織シュタージ局員の話)に出てきそうです。

その後、スネ夫の事情を知らないドラえもんから説教され、自分たちの下衆な好奇心を恥じて真の友情に目覚めた2人は、ママと一緒に千年杉に来たスネ夫を発見します。隠し場所を白状させられたに違いない、とドラえもんがぶっぱなした「秘密書類やきすて銃」。その威力をご覧ください。
大ピンチ!スネ夫の答案3
レーダーアンテナ破壊にも使えるでしょう


このように直接的ではないですが、芋、餅、まんじゅう、どら焼、きんつば、だんご、炊きたてのごはんなど、豪快に食される食べ物のドメスティックなセレクション、もっというと柔らかくてふかふかした食品の線や、具だくさんの汁から上る湯気そのものに、ちらっちらっと飢えの記憶が覗きます。

これはF氏に限らず、1ページまるまる、ふかし芋をむさぼり食う場面が続く手塚治虫の「すきっ腹のブルース」(タイトルからしてそのまんま)、水木しげる「墓場鬼太郎」の巨大なホットケーキ、杉浦茂作品のうずたかく積まれた肉まんなど他の名作にも見られます。おそらく、世代的に骨の髄までしみこんだ体験がバックにあるのだろうと思います。

食べ物をすごく旨そうに/マズそうに描くのは、一つの才能に違いありません。しかしこの場合は、ただ画力がとても高いだけではなし得ない、「旨いものをたらふく食べる」ことに対する強い祈りのような、パッショネイトな何かがほとばしるからこそ、育った時代の違う者の五感にも、強烈な旨さが伝わってくるのではないでしょうか。

以下は友人の体験ですが…ある夜、デザインの仕事をしていたらお腹がとても空いてしまった。でも手近なところに食べ物がなく、買いに行く余裕もない。気を紛らわすためにものすごく集中してケーキの絵を描いたら、なんと「ベレー帽の方の先生みたいな絵になってさー。驚いたよ」。

そういえばF氏の好物だったといわれているインスタント・ラーメンは、「ぼくを止めるのび太(+1)」ではカップ麺のプラモにまでなりました。作者が「これこそ自分の日常そのものだ」と無意識レベルで認識している事物は、フィクションの中でも分かちがたく結びついて、作品に繰り返し出てくるのかもしれないです。
F氏の描いた珠玉の食べ物については「旨ドラ」で堪能していただけます。


ところで、A氏画「少年時代」に出てきたかりんとう。東京からもたらされた夢のお菓子、かりんとうのぬけがけ食い事件を発端に、富山のガキ大将の恐るべき狡猾な支配と絶大な権力を主人公が思い知る、というエピソードの中で登場します。が、さすがにあまり美味しそうではなかったです。

縁故疎開で山村に来た進一。ガキ大将タケシに貢物の約束をしてへつらう子分たちを見て、そんななさけない真似はしないぞと自分に言い聞かせるものの、子分らの陰険な突きあげによりあえなく挫折。校長の娘からもらった大好物、かりんとうの話を持ち出します。

焦りもあってなまじ饒舌に語ったため、その場にいた全員に「かりんとう」のイメージが強烈に植えつけられるという、読者の想像力も大いに刺激する伏線があるのですが…。2段ぶち抜きで登場し、少年を「なつかしい東京の味だった!(←「少年時代」ではほぼ句点がわり)」と瞬くノスタルジーに誘い、後生大事に茶筒に入れられるそれは、黒光りしたショウガの山に見えました。

A氏」といえば、ウエッティな呪術感を濃厚に漂わせる黒線、マークシートみたいな黒目だけの目、ショックを受けると割れるメガネ、凝りまくったカメラ・アングル的カット、「仰天吹き出しの中に、仰天効果を描くという、凄まじい仰天演出」(変ドラ)などが鮮やかに思い出されます。その画力をもってしても、かりんとうはなかなかハードルの高いお菓子のようです。

ドラえもんとヘボナイス・ヒーロー 続「変ドラ」賛に代えて
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